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今月上席(1日〜10日)夜の部は落語芸術協会の三遊亭遊馬、講談の神田改め日向ひまわり、錦之輔改め古今亭今輔の真打昇進披露興行。新真打がそれぞれ主任をつとめる日は、遊馬(1日、4日、7日、10日)、ひまわり(2日、5日、8日)、今輔(3日、6日、9日)。当席での披露後は、浅草演芸ホール(5月中席昼の部)、池袋演芸場(6月中席昼夜通し)、国立演芸場(7月中席)の順で行われる。
落語界初の人間国宝五代目小さんは平成14年5月16日、87歳で亡くなり、今年は七回忌となる。当席ではその追善興行を6月上席夜の部に公演、主任は先代の長男で一昨年秋六代目を継いだ小さんと、先代の孫花緑が5日間づつつとめる。大所帯先代小さん一門ならではの企画として、先代の得意噺『気の長短』を10日間の毎日、一門の門弟が日替わりで演じるコーナーもある。
〔落語ファン倶楽部〕(笑芸人編、最新刊VOL5)も先代小さんを特集。柳家の魅力を徹底追及<柳家の底力>、矢野誠一が綴る<三四五小さん>、直弟子市馬、孫弟子喬太郎、三三による<鼎談>など、柳家の落語や先代小さんの魅力をさぐるための記事が満載。2360円(税込)。
今秋、真打に昇進するのは圓歌門下三遊亭あし歌、同じく三遊亭歌彦、栄枝門下春風亭栄助、志ん橋門下古今亭志ん太、圓菊門下古今亭菊可。あし歌は歌橘、歌彦は歌奴、志ん太は志ん丸を襲名。栄助は百栄(ももえい)、菊可は菊太楼と改名する。
先代今輔の『お婆ちゃん三代記』は明治に育った女性が、昔はよかったと現世(大正時代)のグチを言う。その姑の意見を聞いていた、大正育ちの嫁は昭和になって、大正はよかった、今はイヤな世の中になったと嘆く。サゲは「そのグチを聞いているお嫁さんもやがてはお婆さんになります。果たしてどんなグチを言うかは、この今輔が50年後にご報告いたします」。つい先日、山の手線の電車内で、若い女性の会話、”ねぇ、明治、大正、昭和だよね、大正、明治じゃないよねッ”。イヤな平成の世の中になったものである。
司会をつとめる笑点は高視聴率がつづき、先月中席は国立演芸場で宇野信夫作『大名居五郎』を熱演。人気と実力で一頭地をぬく桂歌丸が3月に松尾芸能賞を受賞した。30年近くつづく授賞式だが、なぜか〔落語〕は縁遠かった賞で、平成9年に桂米朝が受賞したが、東京は歌丸がはじめて。『真景累ケ淵』。『怪談牡丹灯籠』、『乳房榎』など、三遊亭圓朝の口演が評価され優秀賞が贈られた。
【昼の部】
【夜の部】
桂 歌丸
三遊亭 遊馬
日向 ひまわり
古今亭 今輔
【昼の部】
橘家 圓蔵
【夜の部】
春風亭 一朝
【昼の部】
三笑亭 可楽
【夜の部】
春雨や 雷蔵
上席夜は真打昇進披露。ごひいき筋から贈られた後3幕を背に新真打のういういしい晴れ姿。真打披露はお正月の寿初春興行とならぶ寄席のお祝いイベントだ。遊馬は94年9月小遊三に入門、前座名遊だち、98年9月二ツ目で遊馬。「大きな身体と声、それを生かした落語を演じたい」。埼玉県は桶川生まれ、駒沢大学仏教学部の禅学科を卒業。
女流講談ひまわりは94年先代神田山陽に入門、噺家と全く同じ修行をして、98年10月二ツ目。広島県出身、真打が決まった昨年秋、母校の三原市神田(何かの縁?)小学校で後輩に講談を指導。「親を思い、子を大切に、講談は今こそ必要な”心の芸”です」。00年に師匠没後は痴楽門下へ。真打で亭号を神田から日向に改めた。
今輔は94年12月寿輔に入門し錦之輔、98年11月二ツ目。真打で大名跡六代目今輔を継ぐ。先代(写真参照)は新作落語の先駆者。五代目今輔(76年没、78歳)→三遊亭円右(06年没、82歳)→寿輔→六代目今輔の系図。群馬県出身は先代と同じで富岡市の生まれ。夢は老若男女が楽しめる普遍性のある落語をつくり演じること。
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